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『古屋の雨漏り』

 むがしむがし、
ある村はずれさ、爺さまど婆さま住んでだっけど。
  その家では、いい牛一匹だげ飼ってだっけんだど。
  その家さおっきな熊、牛盗んで食うべど思って、山がら出できて、軒下さ隠っじぇだったっけど。
  ほしたら、家の中がら、
「今日はむれっこど、こげにむれっから、オガダジでもくっかもしんにぇなぁ」
なていう話声聞こえできたんだど。
爺さまは、
「おらぁ、唐土(中国)の虎も、山のおやじ(熊)もおっかねぐねぇげんど、古屋の漏ぁ一番おっかねなよ」
て言ってだっけど。そしたら婆さまは、
「おら、何やんだって、鳴るぐらいおっかねものはねぇなぁ」
ていう話声が聞こえできたっけんだど。
そのうぢ遠ぐのほうで、ピカピカ、ゴロゴロって鳴りだしたんだど。
熊は、
「虎もおっかねぐねぇ、熊もおっかねぐねぇ。古屋の漏ど鳴るがおっかね、とは何者なんだべがなぁ」
なて考ったうぢに、ポツンポツンど雨降ってきたっけどはぁ、中で二人は、
「そら、ぼつぼつ来たぞ」
ていう声聞こえできたもんだがら、熊は大変だって思って逃げだしたんだど。
  途中で、隣村の馬喰、これも牛盗むがど思って家さ向がってだったんだけど、
そしたら、この馬喰さ、おっきな黒いものぶつかってきたんだど。
暗くてわがんねもんだがら、たまげでしまって、腰ささげったった爪切りで、引っかがったもの、バギンバギンて夢中で切ったんだど。それぁ熊の爪だったんど。
熊ぁ、いぎなり爪切っちゃもんだがら、たまげではぁ、わらわら山さ逃げでったど。
  そのうぢ大雨になってきて、馬喰ぁ今ぶつかったな爺さまの牛であんめなぁなて思いながら、爺さまの家さ行ったら、中がら、
「そら、こっちゃ来たぞ」
って大声で騒いったげがら、なして分がったんだて思いながら、裏口のほうさいったど。
そしたら、また中がら、
「そら、今度はこっちゃ来た」
てまた大騒ぎすっこんだども。
こんなに大騒ぎさっちぇ隣の家がら誰が来たら大変だど思って、馬喰もわらわら逃げでいったど。
  そして熊は、爪どご肉まで切らっちぇ、痛ってくて痛ってくて、びっこ引ぎ引ぎ走ってだったら、虎どばったり会ったんだと。
「熊さん、びっこ引いで、何したなや」
て聞いだど。
「実は俺ぁ牛盗んで食がど思って、爺さまの家さ行ったら、虎も熊もおっかねぐねえ、一番おっかねなは、古屋の漏と鳴るだなて話しったっけんだ。そしたらそのうぢ、そろそろ来んぞって騒ぎ始めだもんだもの。
そんなおっかねなに来られっとやんだがら、わらわら逃げできたんだげど、途中で何がさぶつかってよ。
  俺の爪、肉まで切らっちぇはぁ、痛ってくて痛ってくて、やっとこごまで逃げできたなだぁ」
て話したど。それ聞いで虎は、
「そげなおっかねな居だなて、大変だ。おれぁ唐土さ逃げるはぁ、熊さんも一緒にあべ」
と誘ったんだと。
そして海辺まで行って一緒に海さ飛び込んだらば、熊の爪ぁビリビリ痛ってくて痛ってくて、飛び上がったど。
「虎さんよ、俺ぁ爪痛ってくて海さ入らんにぇ。虎さんだげ帰ってけろ。俺山奥さ隠っちぇ、めったに里さ行がねごどにすっから」
  それがら、日本さ虎居ねぐなって、熊は人里さ出ねぐなったんだど。
  古屋の漏は、屋根がぼっこちぇ雨漏りすることで、
鳴るっていうなは、米櫃の米ねぐなって升で中の米すぐうどぎ、ガラガラって音すっこど言うなだど。
とーびんと。

山形弁訳

『古屋の雨漏り』
 むかしむかし、
ある村はずれに爺さまと婆さまが住んでいたんだと。
  その家では、いい牛一匹だけ飼っていたんだと。
  その家に大きな熊が、牛を盗んで食べようと思って、山から出てきて、軒下に隠れていたんだと。
  そうしたら、家の中から、
「今日は蒸れるな、こんなに蒸れるてるんなら、雷雨でもくるかもしれないなぁ」
なんて言う話し声が聞こえてきたんだと。
爺さまは、
「おらぁ、唐土(中国)の虎も、山のおやじ(熊)も怖くないけれど、古屋の漏ぁ一番怖いんだよ」
て言ってたっけど。そしたら婆さまは、
「おら、何が嫌だって、鳴るくらい怖いものはないなぁ」
ていう話し声が聞こえてきたんだと。
そのうち遠くの方で、ピカピカ、ゴロゴロって鳴り出したんだと。
熊は、
「虎も怖くない、熊も怖くない。古屋の漏と鳴るが怖い、とは何者なんだろう」
って考えているうちに、ポツンポツンと雨が降ってきたんだと、中で二人は、
「そら、ぼつぼつ来たぞ」
ていう声が聞こえてきたものだから、熊は大変だと思って逃げ出したんだと。
  途中で、隣村の馬喰、これも牛を盗もうと思って家に向っていただんだと。
そしたら、この馬喰に、大きな黒いものがぶつかってきたんだと。
暗くて分からないもんだから、びっくりして、腰に下げていた爪切りで、引っかかったもの、バキンバキンて夢中で切ったんだと。それは熊の爪だったんだと。
熊は、いきなり爪を切られたものだから、びっくりして、急いで山に逃げて行ったんだと。
  そのうち大雨になってきて、馬喰は、今ぶつかったのは、爺さまの家の牛でないだろうな、などと考えながら、爺さまの家に行ったら、中から、
「そら、こっちに来たぞ」
って、大声で騒いでいたから、なんで分かったんだなどと思いながら裏口のほうに行ったんだと。
そしたら、また中から、
「そら、今度はこっちに来た」
ってまた大騒ぎするんだと。
こんなに大騒ぎされたて、隣の家から誰かが来たら大変だと思って、馬喰も急いで逃げ出したんだと。
 そして熊は、爪を肉まで切られて、痛くて痛くて、足を引き摺りながら走っていたら、虎とばったり会ったんだと。
「熊さん、足引き摺って、どうしたんだい」
って聞いたんだと。
「実は俺、牛盗んで食おうかと思って、爺さまの家に行ったら、虎も熊も怖くない、一番怖いのは古屋の漏と鳴るだ、なんて話をしてたんだ。そしたらそのうち、そのうち来るぞって騒ぎ始めたんだ。
そんな怖いのに来られたら嫌だから、急いで逃げてきたんだけれど、途中で何かにぶつかってよ。
俺の爪、肉まで切られてしまって、痛くて痛くて、やっとここまで逃げてきたんだよ」
て話したんだと。それ聞いて虎は、
「そんなに怖いのが居るなんて、大変だ。俺は唐土に逃げるから、熊さんも一緒に行こう」
と誘ったんだと。
そして、海辺まで行って一緒に海に飛び込んだら、熊の爪はビリビリと痛くて痛くて、飛び上がったんだと。
「虎さんよ、俺は爪が痛くて海に入れない。虎さんだけ帰ってくれ。俺は山奥に隠れて、めったに里に行かないようにするから」
  それから、日本に虎は居なくなり、熊は人里に出なくなったんだと。
古屋の漏は、屋根が壊れて雨漏りすることで、
鳴るというのは、米櫃の米が無くなって升で中の米をすくうときにガラガラと音がすることを言うのだと。
とーびんと。