『金仏と木仏』
庄屋さまでは、きれいな太った金仏拵(こしゃ)って、毎年お詣りしてはぁ、耳あけ(旧十二月九日大黒さんの祭り)だの、一年にニ、三べんくらいはお祭りして、拝もしったども。
そごの家の若い衆、こんど庄屋さまの真似して、木で拵(こしゃ)って、そいづぁ信心者だがら、毎日ご飯上げで拝もしていだど。
ある時、庄屋さまの家で、ドダン、バダン、ドダン、バダンて上段の方で音すんのだど。
「なんだべなぁ」
て、庄屋さま行ってみだらば、床の間で金仏と木仏で角力(すもう)とりしったけど。
「はぁ、よし、おら家のあんにゃば呼ばって来んなねなぁ」
奉公人のあんにゃ呼ばっちぇきて、
「これ、あんにゃ、来て見ろ。お前の木仏とおら家の金仏、角力しったがら、どっち勝づが、見ろ、まず」
なて、庄屋さま、自分の家んな、金仏勝づど思ってだもんだがら、勝づど思って自慢しっちゃくて、そのあんにゃどご呼ばってきて、二人で見でだったど。
何度取っ組み合いしても、金仏はコロンコロンて、ひっ転ばさっちぇ、わがんねもんだずも。
そのうぢ、庄屋さま、ごしゃいで、
「何だ金仏。太って重だいくせに、そげな木仏に負げるなて、何だごんだ」
て、ごしゃいでしまったど。
ほうしたら、金仏は、
「庄屋さんよ、考えでみんだ。庄屋さんは一年に三べんぐらいしか御飯食(か)せで呉(け)ねべ。隣の木仏なの、毎日毎日ご馳走なってんなだぜ。んだがらとっても力持ちの木仏に、おれ負げんな、当たり前だごで」
って言うっけど。
庄屋さまは、なるほどんだごでなぁ・・・、
て反省したそうだ。
ほだがらなぁ、金かげるばりが、ええごどでね。
信心ていう心あっと、必ずごほうべん(神様のおかげで良いこと)があるもんだど。
どんびんと。