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『猫の釜ぶた』

 むかし、あるどごさ狩人いでな、一匹の黒い猫飼ってだったども。
それどご大事に育でっだなだども。
 狩人は必ず夜なっど、弾を拵(こしゃ)って、ホーロク(豆炒りの鍋)でガラガラ、ガラガラて、
ある夜狩人使う弾拵うどパタンて叩くのだど。
「奇態なことするもんだな、おら家の猫」
 ほうして、その晩、十個も弾拵って、
「明日、これ持って行がんなねべ」
なて、次の日、狩人は弾十発持(たが)って、山さ行って、ずっと川登って行ったらば、
谷川の向こうさ、いや、大きな、今まで見たこともねえ黒いもの居て、
大きな口開いて、こっち見でるんだっけ。
「はぁて、あれを獲ってみっかなぁ」
なて、狩人ぁ、それ、その口目がけて、バーンて撃ったど。
「カチャーン」
ていうたずばギャアども言わず、けろっとして、化物死にもしねえ。
何と飛び上がりもしね。
 次がら次ど撃って、とうとう十発撃ってしまったけど。
そうしたらば、今まで開いっだ口、バダンと音したらば、
黒い猫が真っ赤な口開げて、「ガァーッ」て、こっちにらめった。
そうしたば、こんど、狩人は、懐さ手入っだけぁ、一発弾出したんだど。
 それをバーンと撃ったらば、その猫ぁ、もんどり打って、とうとう殺さっじゃど。
 むかしの狩人ざぁなぁ、必ず<いのちの玉>ていうな、
最後まで一発は離さねで、必ず持ってるもんだったけど。
どんびんと。

山形弁訳

『猫の釜ぶた』
 むかし、あるところに狩人がいて、一匹の黒い猫を飼っていたんだと。その猫を大事に育てていたんだそうな。
  狩人は必ず夜になると、弾をこしらえて、ホーロクでガラガラ、ガラガラと、
ある夜、狩人が使う弾をこしらえる度、パタンて叩くのだと。
「奇態なことするものだなぁ、我家の猫は」
 そして、その晩、十個も弾をこしらえて、
「明日、これ持っていかなきゃならないな」
って、次の日、狩人は弾十発持って、山に行って、ずっと川を登っていったら、
谷川の向こうに、いや、大きな、今まで見たこともない黒いものが居て、大きな口開いて、こっちを見ているんだっけど。
「はぁて、あれを獲ってみようか」
って、狩人は、それ、その口目がけてバーンって撃ったど。
「カチャーン」
っていう音がしたのに、ギャァとも言わず、けろっとして、化物は死にもしない。
なんと飛び上がりもしない。
 次から次へと撃って、とうとう十発撃ってしまった。
そうしたら、今まで開いていた口が、バタンと音がしたと思ったら、黒い猫が真っ赤な口を開けて、「ガァー」って、こちらをにらんでいる。
 そして、こんど狩人は、懐に手を入れたと思ったら、一発だけ弾を出したんだと。
 それをバーンと撃ったら、その猫は、もんどり打って、とうとう殺されてしまったそうな。
 昔の狩人というものは、必ず<いのちの玉>というものを、最後まで一発は離さずに、必ず持っているものだったんだと。
とーびんと。