モバイルではテキスト版推奨です。flash版は横画面ならなんとか見れるかも。

『沼の貸し膳』

 むがしむがし、
柴を毎日町さ売りに行く爺さま居だっけど。
  まず、その日ぁちょうど年取りの晩げ(大晦日)だったけげんども、柴背負って、町さ行って、
「柴いらねがぁ、いつものじじいの柴いらねがぁ」
て、触れでいだっけんだども、さっぱり買う人いねがったど。
「んだごでな、今頃、年取りの準備な終わってだもんだも、柴などいらねごでなぁ」
  爺さま、柴背負って帰って来て、途中の、いつも通る沼の傍らで、
「ほだなぁ、せっかぐ背負ってった柴、まだ背負って家さ帰んなもなんだがら、沼の主さけっちぇんかなぁ」
て、沼さ柴どご投げではぁ、わらわら帰っかど思ったれば、
「爺さま、待ってで、爺さま、待ってで」
て、若い女の声すっけんだど。
「はで、誰だべな」
てうっしょ見だらば、沼の上さ、若い女立ってだっけんだど。
「爺さま、おしょうしな。今晩、おれ、焚物ねくて困ってだどごだったんだ。
おれ、こごの沼の主しったんだげんど、爺さま焚物呉っちぇけだがら、いい年迎えられる。
いや、ほんにおしょうしな、おしょうしな。
爺さま、お金ねくて困ってだみでだがら、まず年取りのお膳二つ貸して呉っから、
持ってっておぐやいなぁ。」
  そう言うど、すっと、女は沼の中さ入ってった。ほうして、しばらぐしたら出できて、お膳二つ、猫足みでないいお膳さ、いや、お冷がらいっぺ付いったな、たがってきた。
「爺さま、焚物の代わりに、これ爺さまど婆さまで食って、いい年越ししておぐやいはぁ」
「いや、こがいに貰い申してがぁ」
「爺さま、食ったらば、こごさ持ってきて、置いどいでおぐやい。おれ、貰ってぐから」
  爺さま、わらわら家さ帰って、
「いや、ばぁさん、ばぁさんよ、沼の主さ行きあってよ、こうこう、こういうわげで、
こがいに美味いもの貰ってきた」
「いやぁ、いいもの貰ってきたなぁ。ほんじゃ御馳走になんべぁ」
なて、二人で御馳走になって、
「はぁで、ほんじゃ、おれ、沼のお膳返してけろって言わっちゃがら、返してくっから・・・」
婆さまは、あんまりいいお膳なもんだがら、いだましくなってきては、
「おれ、返さね。じぃさんばり返してくんだ。おれ、これ貰っとくべはぁ」
「ばぁさん、ばぁさん、欲深いごどしねんだ、まず・・・」
「ばぁさん、返さねっつうごんじゃ、しょうがねがら、おればり返しさ行ってくっからはぁ」
  爺さま、お膳持って沼さ向がったど。
  したらば、何時の間にが、手ん中がらお膳ふうっとねぐなってしまったんだど。
「あららら、奇態なごどもあるもんだな」
て、家さ帰ってきたらば、婆さまも、
「じいさんよ、今、目の前がらお膳ねぐなったなよ」
て、
「ほだべ。ばぁさん、欲深ぐして、お膳貰いっちぇなて言うもんだがら、そうなったんだごで。おれのお膳まで途中でねぐなってしまったし」
ほだがら欲などかがねで、約束は守んなねもんだど。
どんびんと。

山形弁訳

『沼の貸し膳』
 むかしむかし、
柴を毎日町に売りに行く爺さまが居たっけど。
 まず、その日はちょうど年取りの晩だったんだけれども、柴を背負って、町に行って、
「柴はいらないかぁ、いつものじじいの柴はいらないかぁ」
て、触れて回ったけれども、さっぱり買う人は居なかったんだと。
「そうだよなぁ、今頃、年取りの準備なんて終わっているはずだから、柴なんていらないよなぁ」
 爺さま、柴背負って帰って来て、途中の、いつも通る沼の傍らで、
「そうだなぁ、せっかく背負ってきた柴、また背負って家に帰るのもなんだから、沼の主にあげていこうかなぁ」
て、沼に柴を捨てて、急いで帰ろうかと思ったらば、
「爺さま、待ってて、爺さま、待ってて」
て、若い女の声がしたんだと。
「はて、誰だろうなぁ」
て、うしろ見たら、沼の上に、若い女が立っていたんだと。
「爺さま、ありがとう。今晩、おれ、焚物なくて困ってたとこだったんだ。おれ、ここの沼の主をやっているんだけれども、爺さまが焚物をくれたから、いい年迎えられる。
いや、本当にありがとう、ありがとう
爺さま、お金がなくて困っているようだから、まず、年取りのお膳を二つ貸してあげるから、持ってって下さいなぁ」
  そう言うと、すっと、女は沼の中に入っていった。そうして、しばらくしたら出てきて、お膳を二つ、猫足みたいないいお膳に、いや、お冷からいっぱい付いてるお膳を持ってきた。
「爺さま、焚物の代わりに、これ爺さまと婆さまで食って、いい年越しして下さいなぁ」
「いや、こんなに貰らい申してがぁ」
「爺さま、食ったらば、ここに持ってきて、置いといてください。おれ、貰っていくから」
 爺さま、急いで家に帰って、
「いや、ばあさん、ばあさんよ、沼の主に行き会ってよ、こうこう、こういう訳で、こんなに美味いもの貰ってきた」
「いやぁ、いいもの貰ってきたなぁ。それじゃあ御馳走になりましょう」
なて、二人で御馳走になって、
「はぁで、それじゃあ、おれ、沼のお膳返してくれって言われたから、返してくるから・・・」
婆さまは、あまりにもいいお膳だったものだから、もったいなくなってしまって、
「おれ、返さない。じいさんだけ返してくればいい。おれ、これ貰っとくことにするから」
「ばあさん、ばあさん、欲深いことすんな、まず・・・」
「ばあさん、返さないって言うのだったら、しょうがないから、おれだけ返しに行って来るから」
  爺さま、お膳持って沼に向かったど。
  そしたら、いつの間にか、手の中からお膳ふうっと無くなってしまったんだと。
「あららら、奇態なこともあるものだなぁ」
て、家に帰ってきたら、婆さまも、
「じいさんよ、今、目の前からお膳なくなったなよ」
て、
「そうだろ。ばあさん、欲深くして、お膳貰いたいなんて言うものだから、そうなったんだ。おれのお膳まで途中で無くなってしまったし」
だからな、欲などかかないで、約束は守らなきゃならないものなんだと。
どんびんと。