最上家親

最上 家親(もがみ いえちか、1582年(天正10年) - 1617年4月11日(元和3年3月6日 (旧暦) 3月6日))は、江戸時代前期の大名。最上義光の次男で、最上氏の第十二代当主。
1594年、徳川家康の近侍として仕え、家康のもとで13歳元服する。当初名前は義親であったが、家康の偏偉を受けて家親と名乗る。1595年からは家康の子・徳川秀忠の家臣として仕えるようになる。家親の父・義光は豊臣秀吉亡き後、家康が天下人になることを予見して、早くから家親を徳川氏に仕えさせたのである。1600年の関ケ原の戦いでは秀忠に従って真田昌幸が守る上田城攻めに参加した。
家親の兄・最上義康は父の義光によって殺されていたため、1614年に父が病死すると、その後を継いで最上氏第十二代当主となった。同年、大坂の役 大坂の陣が始まると豊臣氏と懇意にあった弟・最上義親を殺害し、徳川方に与することを表明した。そして江戸城の留守居役を務めている。