最上義光

最上 義光(もがみ よしあき、1546年2月1日〔天文 (元号) 天文15年1月1日 (旧暦) 1月1日〕- 1614年2月26日〔慶長19年1月18日 (旧暦) 1月18日〕)は、出羽の戦国大名。家系は足利氏 足利一門の名家・斯波氏の庶流の最上氏嫡男。奥州探題の大崎氏は本家筋にあたる。最上義守の長男で最上氏11代当主。正式な名乗りは源義光(みなもと・の・よしあき)。妹は伊達輝宗の正室(伊達政宗の母)・義姫(保春院)。
幼少から武勇に優れていた。16歳のとき、父と鷹狩の最中に盗賊(刺客とする説もある)数十人に襲われたが、義光は自ら剣を振るって賊を撃退したというエピソードが『羽陽軍記』に描かれている。